フランスの市民教育研修(Formation Civique)2日目|実際に受けた内容・歴史・政治・EUを紹介

こんにちは。フランス地方在住のちびです!

前回から1週間後、8/28に2回目の市民教育研修に行ってきたので、その内容をお伝えしたいと思います。

すぐ更新しようと思ったのですが、最近仕事も始めて慣れないことばかりだったからか、風邪をひいてしまい・・・。
気が付いたら3回目の研修も終わっていました(笑)

ちなみに、1日目の様子が気になる方は、こちらもぜひご覧ください。

今回は前回の際に「8:45~スタートね!」と言われていたので、8:45・・・

いえ、通訳さんの到着を待ち、結局9:00スタートでした(笑)

今回は別のグループの受講者もいたようで、建物の前にはたくさんのアジア系の方がいました。

どうやら別のグループはアジア系の人が多かったようです。

おそらく英語話者かどうかで分けられたのでは・・・?と思いつつ、前回と同じ教室へ。

今回もちびは下の写真の翻訳機を使って日本人の通訳さんが直接通訳してくれました。

今回は、始める前に前回の復習からスタート!

赤と緑のカードが配られ、正しいか間違っているか答えていきます。

ちなみに内容はこんな感じでした↓

質問答え
MDPHは障害のある人々がキャリアパスを選ぶのを支援する〇
民事賠償責任保険は無料である×(有料)
息子が18歳なら私は親権がある×(18歳は成人)
子供が7歳だが中学校に通うことができる×(7歳は小学校)
子供はフランス語が話せなければ学校に行けない×(話せなくても行ける)
フランスのスローガンは「公平・博愛・自由」である×(平等)
医師に医療費を払うということは、tiers-payantを利用していることである×(払わない場合)
出生届は6日以内に提出しなければならない ×(5日以内)
死亡証明書は市役所が出す×(医者が出す)
消防の番号は「18」である〇

日本語で同時通訳してくださったので、なんとか分かりましたが、これが全部フランス語だったら、絶対分からないだろうなーって感じでした(;’∀’)

そんな感じで前回の復習も終わり、AMの出席のサインもし、今日の内容へ。

今日は「歴史」について学んでいきます!

※研修で説明された内容を、私なりにまとめています。歴史上の出来事や制度については簡略化している部分があります。

午前中の様子

今回は、私たちが住んでいる場所がアルザス・モゼルであるということもあり、この地方の話を中心に学びつつ、テストに出るところはその都度、「重要だよー」と教えてくれる感じでした。

📖Histoire(歴史)

Les régimes politiques(政治体制)

1789年以前は、絶対君主制(la monarchie absolue)だった。l’Ancien Régimeと呼ばれる。

朝名時代王
Les Mérovingiens メロヴィング朝Ve siècle~VIIIe siècle 5~8世紀Clovis
Les Carolingiens カロリング朝 VIIIe siècle~Xe siècle 8~10世紀Charlemagne
Les Capétiens カペー朝 Xe siècle~XVIIIe siècle 10~18世紀Louis XIV ルイ14世
(Roi- Soleil 太陽王)

ルイ14世は「太陽王(Roi-Soleil)」として知られ、
70歳になるまで王位に就いていたそう。ベルサイユ宮殿に住み、この時代の王政は「絶対君主制」で王が大きな権力を持っていた。当時の社会は3つの身分に分かれており、「聖職者(clergé)、貴族(nobless)、平民(tires état)」で構成されていた。

1789年 La Révolution française フランス革命が起きる(この時の王はルイ16世)

●1789年6月17日~1792年9月21日

日付出来事
1789年6月17日le tiers état proclame l’Assemblée nationale 第3身分が国民議会を宣言した
→絶対君主制の終わり
1789年7月14日prise de la Bastille バスティーユ監獄襲撃(バスティーユ占領)
1789年8月26日La Déclaration des droits de l’homme et du citoyen 人権宣言が採択される
1789年-1792年9月21日革命によって王の権力は大きく制限されたが、
王政そのものはすぐに廃止されたわけではない。
その後ルイ16世は国外への逃亡を図ったが途中で捕らえられ、1793年に処刑された。
1792年9月21日abolition de la monarchie 君主制の廃止

●1792年9月22日~1804年5月18日(La Ière République 第一共和制)

Maximilien Robespierre(マクシミリアン・ロベスピエール)

彼が中心人物であったが、内乱が絶えず、周辺他国は不安を持っていた。
反乱を弾圧し、王政を望む人々を処刑するなど、恐怖政治を行っていた。

・1799年にNapoléon Bonaparte (ナポレオン・ボナパルト)が登場する。

ナポレオンは第一執政官となり、行政や軍事、外交、法律の提案等の役割を担った。
彼が制定したものの中に、「県庁・県知事」は今でも残っている制度である。

●1804年5月18日~1815年7月7日

1804年5月18日 ナポレオンが「le Premier Empire 第一帝政」を宣言する。

軍人出身のナポレオンは強い権力を握り、ヨーロッパ各地へ勢力を広げていった。

ナポレオンはCode civil (民事法)を制定した。(家族や財産、契約等すべての人に共通のルールを定めた。)→これは、現在の法典のベースとなり世界的に広まっている。

また、 le lycée やle baccalauréat を創設した。

●1815年7月7日~1848年2月24日

Restauration de la Monarchie(1815-1830)王政復古

ナポレオン失脚後、王政は復活したが、1830年に革命が起こり、終焉。

1830年Louis-Philippe (ルイ・フィリップ)がフランス王となり、より一層自由主義的な君主制を樹立した。(monarchie plus libérale)

●1848年2月24日~1851年12月2日(La IIème République 第二共和制)

ナポレオンの甥のLouis-Napoléon Bonaparte(ルイ・ナポレオン・ボナパルト)が大統領に選出された。

1848年 奴隷制が廃止された。(abolition définitive del’esclavage)

1851年12月2日 ルイ・ナポレオンがクーデターを起こす。


●1852年12月2日~1870年9月4日(第二帝政)

ルイ・ナポレオンがNapoléon III(ナポレオン3世)としてフランス皇帝となった。

当初は権威主義的な体制だったが、1860年代になると、次第に自由化が進んでいった。

この時代には経済や産業も発展し、鉄道などのインフラ整備も進められたそうです。

また、研修では当時の技術や科学の発展についても説明がありました。
その中でテレスコープ(望遠鏡)の話も出てきて、「フランスってこういうところでもスゴいんだ!」と思いましたΣ(・□・;)

1870年、フランス軍がプロイセン(現在のドイツあたり)に負け、第二帝政が終了する。


●1870年9月4日~1940年7月10日(La IIIème République 第三共和制)

プロイセンに負けたことにより、領地交換等があり、アルザス・モゼルはプロイセン側についた。

政治的に不安定で、16人の大統領が就いた。

1881-1882年 Jules Ferry(ジュール・フェリー)の法律により、小学校教育の無償化・義務化・世俗化した。(政教分離の原則)l’école publique gratuite、l’école laïque et obligatoire

※1905年 la séparation des Églises et de l’État(政教分離)が法律で採択された。

20世紀最初の頃は結社、組合の自由等が制定された。( la liberité de la presse 1881, la liberité syndicale 1884, la liberité d’association 1901)

1936年、有給休暇が制定された(当時は2週間だったそうです。)

・1914年~1918年 第一次世界大戦(première guerre mondiale)

当時は塹壕戦(la guerre des tranchées)で、軍隊は深い溝を掘り、そこに身を隠しながら戦っていたそうです。モゼル県あたりも戦場となった地域のひとつだったらしく、現在でも当時の塹壕を見ることができるそうです。

第一次世界大戦では、フランスも植民地から来た兵士を含む多くの兵士を動員して戦いました。

第一次世界大戦では世界全体で1,000万人を超える人が亡くなり、その中でもフランスでは約140万人(植民地の人を含む)が亡くなったそうです。

1918年11月11日に休戦協定が結ばれた。(←この日はフランスの祝日になっています)

1919年にアルザス・モゼルはフランス領になる(1870-1919年まではドイツ領)


・1939年~1945年 第二次世界大戦(seconde guerre mondiale)

第二次世界大戦では、ヨーロッパだけでなくアジアやアフリカなど世界各地が戦場となり、軍隊だけでなく多くの市民も巻き込まれました。

そのため、第一次世界大戦以上に民間人の犠牲も多くなったそうです。

また、ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺が行われ、約600万人のユダヤ人が殺害されました。

1940年にフランスは休戦協定を結ぶ。
アルザス・モゼルは再びドイツ領となる

1945年にヨーロッパで第二次世界大戦が終結した。(5月8日 フランスの祝日)

ここで、私が日本人であることもあり、原爆の話に少し触れました。

ヨーロッパでは5月に戦争が終結したにもかかわらず、その年の8月には日本に原爆が投下されています、と少しシビアな話に。

私たち日本人にとって、1945年8月はとても大きな意味を持つ時期です。

一方で、世界の歴史を改めて見てみると、ヨーロッパではすでに5月に戦争が終わっていたのだと思うと、なんともやるせない気持ちになりました……。


●1940年7月10日~1944年8月22日

maréchal Philippe Pétainは、第一次世界大戦でフランスを勝利に導いた英雄として知られ、国民からも非常に高い評価を受けていた軍人だった。

そのため、第二次世界大戦でフランスがドイツに敗北すると、ペタンはフランスの政権を率いることになる。

しかし、その体制は次第に独裁的なものとなり、体制に従わない人々の密告も奨励された。反対する人々は弾圧され、基本的人権も大きく制限されていった。

1940年にドイツに降伏した後、
「Installé à Vichy ヴィシー政権」
が始まる。

パリではなく、ヴィシーに政権を置いていた。

ヴィシー政権はナチス・ドイツに協力し、ユダヤ人の迫害や強制移送に加担しました。アルザス・モゼルにも強制収容所が設置され、以前は学校の社会科見学などでも訪れていたそうです(STRUTHOF)

ナチス・ドイツによる迫害や虐殺では、ユダヤ人約600万人が犠牲となったホロコースト(Shoah)をはじめ、ロマ、障害者、政治的反対者など、多くの人々が犠牲になったそうです。


●1944年~1946年

フランスの英雄:Charles de Gaulle(シャルル・ド・ゴール)

フランスでは知らない人がいないほど、とても有名な人だそう。「ド・ゴールのおかげで、今のフランスがある」とも言われるほどで、パリのシャルル・ド・ゴール空港も、彼の名前に由来しています。何気なく利用していた空港がフランスの歴史を大きく変えた人物の名前だったとは……!
改めて知ると、ちょっと驚きますね(;’∀’)

ペタンがドイツと休戦協定を結んでいる中、シャルル・ド・ゴールは他国とのつながりを深め、ロンドンからフランス国民にドイツへ抵抗するように呼び掛けた。

1944年4月 女性の参政権が認められる。(1945年に初めて国政選挙で投票する)

1944年6月 ノルマンディー上陸作戦
1944年8月 プロヴァンス上陸作戦を行い、パリが解放された。

同時に、「Jean Moulin」(ジョン・ムーラン)がフランス国内のレジスタンス(抵抗する人々や運動)の指導者として活動した。

・1944年8月~1945年9月

フランス共和国臨時政府(GPRF)が創設され、Vichy政権を終わらせた。
1944年 アルザス・モゼルは再びフランス領となる。(今まで続いている)

ド・ゴールが仮の政府の権力者となった。

戦後の経済を復活させるために、1945年 「Sécurité social 」が制定された。


●1946年10月27日~1958年10月4日( La IVème République 第四共和政)

議会が行政権よりも力があった。

1946年 憲法(Constitution)で男女平等が明記される。
     égalité des droits entre les femmes et les hommes


●1958年10月4日~現在(La Vème République 第五共和制)

現在のフランスでも続いているのが、第五共和制(Vème République)です。

1958年に新しい憲法が制定され、シャルル・ド・ゴールが初代大統領(premier président de la Vème République)となった。

その後、憲法には条文の追加や改正などが行われていますが、基本的な制度や仕組みは現在まで受け継がれている。

第五共和制では、強力な行政権が確立され、大統領が大きな権限を持つ制度となった。

また、法律などが憲法に反していないか審査する憲法評議会も設立された。

Jacques Chirac 以前の大統領の任期は7年だったが、5年へ変更となった。
(Passage au quinquennat présidentiel (mandat de 5 ans, contre 7 ans auparavant))

そのため、第五共和制で大統領を2期務めたFrançois Mitterrand(フランソワ・ミッテラン)は、合計14年間在任し、第五共和制では最も長く大統領を務めた人物となっている。

次からは第五共和制における流れとそこに至るまでの出来事や重要事項も見ていきます~